ベーテルブログ
本当に嬉しい年賀状2026
2026/01/07
年賀状というモノがあることを知ったのはいつのことであろう。当方の実家に届く年賀状なるものを思い出そうとしたが記憶にない。手紙や葉書なるものでしっかりと記憶にあるものは、入院時に母親が同室となった方々からのお便りであった。
職を得て、当方も年賀状が慣習となった。年に一度消息を伝えてくれる年賀状はありがたいものだった。年々増えていく年賀状の枚数も半ば楽しみとなったこともある。年賀状を書くのに風格映えと手間省きに便利であった住所と名前を入れた判子も何回か変えた記録がある。
当方は開業した時点で「お寛しください」と詫びながら個人的な年賀状を書くことができなくなり、社名の年賀状とした。このため、年に何度も会うことができる当方の親戚の方々からの年賀状も世代交代でいつの間にかなくなっていった。連れ合いの親戚の方々とは最初から彼女が引き受けていたが、近頃は着実に減っているようだ。
さて、そんな個人的な事情や環境とは関わらず、近時数年は「虚礼」と称して、当方が関連する業界からの年賀状も次第に急速に少なくなった。当方側は随分前から、年賀の体裁を変えて久しくなっている。「てんかんケア仙台三位一体」の広報部門担当の「カーレ仙台」が、ハンスバーガー協会HBAと当法人の三者を代表する発信人となっている。とはいえ、発信人カーレ仙台へのお返しの賀状はさほどではないようだ。お返しの一覧表に入れてもらえない体裁だからか、何処か何者か知れたものではない賀状と見做されるのであろう。
そんな折、実は「そんなことより」、素敵な年賀状が届けられた。素敵な年賀状は決して少なくはないが、周りの方々についつい話したくなるような、感動ものなのです。
お示しした年賀状です。実物をお見せしないでは説明にならないので、お見せします。どうでしょう、じっくりと見れば、何のことか分かってきますよね。
はい、実は宛名なんです。油性のペン先でお母様が心を込めて書かれた宛先の住所と宛名ベーテル病院宛と職員御一同様の筆跡の列間に、鉛筆書きで、それこそ淡く、しかし、それこそ大きく威風堂々と、そがせんせい、なる名前の字が書いてある。感動しました。感動しますよね。記録に残します。
彼は視弱であるが、それこそ書くのが大好きで、机の上にひれ伏すように絵を描き、字を連ねる。そのままの姿で、途方もない時間が過ぎる。そがせんせい、の字列の上部と下方に消しゴムで書き直したであろう筆跡が残る。さらにうっすらとした字が残っているのに気づく。何度も書いては消して、消しては書き直して完成させたのであろう。であろうとも、お母様が彼になりきって下準備も施されたのかもしれない。その合間、合間を紡ぐようなお母様の息吹までが伝わってくる。彼が費やしたであろう途方もない時間を偲ぶ。
人には、どなたからもよい人だと思われている方がいらっしゃる。お母様も彼もとってもよい人だ。当方は医者であるので、患者さんやご家族にとっては特別に困った長物なのだが、さりとて人なので、様々な人がおられる中で、長いつきあいから、素直にこの方はしみじみと「よい」人だと勝手に決めている方々がいらっしゃる。そんなお方も、当方の前ではない世間の場ではどのように振る舞われていらっしゃるか。他人からはどんな人と思われているのか、などのつまらない穿鑿はどうでもよい。この場合、医者からは勝手に関係性が「よい」とする。当方からは、お互いを心地よくしてくださってありがたい、と思っているし、特定に限られたそんなお時間を頂戴できることを幸せとしている。
このありがたい年賀状はそんな心の関係までを暗に魅せている。
(Drソガ)

