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今週のこの記事一つ:番外2021-9(09) 米軍「ヘリは適用外」;99年合意 −高度基準:日本と見解相違−

2021/03/29

 

今週のこの記事一つ:番外2021-909

 

米軍「ヘリは適用外」;99年合意

−高度基準:日本と見解相違−

 

大場弘行、川上珠実.毎日新聞、特権を問う2021年3月23.

 

 今週のこの記事一つの前回は322日付けだった。翌日323日の毎日新聞のヘッドラインにこの記事が載った。毎日はよくやっていると感心した。 3月8日付け「今週この記事一つ2021030217)」では小川和久軍事アナリストがコメント、日本の政治家が誰も何も言おうとしないのが問題だを結論とした。実際にそうだ。日本のせいじやは何の問題もないとしている。前回のこの記事番外20218では、「危険な飛行」だけは止めてほしい、という相当残念なコメントに留まったことを紹介した。とはいえ、この記事のタイトルは膨大で雄大、「特権を問う」は素敵だと述べた。

 さて、この記事だが、在日米軍の返答の日時が明らかにはされていないのが気になる。一方、「外務省日米地位協定室」なるものがあり、この時点で最高責任行政官の茂木敏充なる外相は、日米協定の見解の相違を指摘されているにも関わらず、「(対象となる航空機の)定義は置かれていない」とまともに答えようとせず。己が仕事でもないという国会を貶める答弁だ。一方、航空行政を与る国土交通省大臣赤羽一嘉は「米軍ヘリが日本の航空法令に違反する高さで飛行できないルールになっている」のは認めたようだが、記事は国会質疑のその後について述べていない。せいじやはもはやせいじをなさんとはしていない。もちろん、そんたくするのが仕事となった官僚は無能なので表に登場してもらっても笑いぐさだが、作ってはならない資料の選別の廃棄という本業に余念がない。童話の世界だ。この場合、不平等条約なる言葉が即ふさわしい。憲法改正がないからだと蠢く亡霊が彷徨う。ヘリに日の丸があり、自慢気に東京低空を遊び飛ぶ写真を夢見る

 幼年時代、当方は米軍の広大な宿舎が立ち並ぶ地区の端境に住んでいた。悪ガキと遊びながら、低地の田んぼから杉林の隣にある急斜面を登ろうとしていた。この斜面は消費した燃やした石炭の滓を捨てた、いわゆるゴミ置き場で、それでもイタドリが群生しており、上るのには頼りない、しかし頼りたくなる枝に、ガキだから反射神経抜群で34本を束にしてしがみつきながら登っていった。一気呵成のその時、一発の銃声を響いた。ガキ達はその銃声を初めて聞くが、何物であるかを何故か既に知っていて、咄嗟に進軍を止める。生まれながらに、銃声が何物なのかを直感している小さな兵士だ。見上れば一直線に伸びる縁に銃を構えた見慣れた体型ではない異形、人に違いない背高の、兵士、が二つ、がっしりと立ち、五つ六つに過ぎないガキどもを見下ろしているではないか。控えめにみても彼らが空砲の銃までをぶら下げていたとは考えにくいので、実弾を撃ったのだ。その後、ガキ達はここを遊び場にするのを止めた。ガキ達を見下ろす、太陽に背中を照らされた見慣れない体型の二人の兵士、このキャプチャ画像を「トモダチ」から遠い。

 米軍宿舎が失くなったあと、とある一角はガキ達が自由に入れた。上物が取り払われた宿舎の基礎だけが残っていて、ガキ達には見たこともない低くて小さ過ぎるマンホールの穴道も珍しく、途轍もなく臭い冒険も厭わない。一方、ガキ達は小銭稼ぎと信じて、何故か地上に残された白いトイレの群立はなかばモダーンアートで、所々に小さな青錆の円形のシミが残る、上蓋とトイレ本体を繋ぐ金属片などを盗りあさったり、見たこともない物、銅物と呼べるものを探していた。採ったものは幾つもあったが、どうなったかは知らない。その後に自分が小銭を手にして喜んだ記憶は全くないし、得たとしても使う店もなかった。              (Drソガ)