今週のこの記事一つ2021−0303(17) フクシマ第一原発(3.112011フクシマ)メルトダウン逃避行中に亡くなられたベーテルの患者さんたちの無念を想うー連講8 3.112011-2021フクシマ社説

2021/03/15

今週のこの記事一つ2021030317

フクシマ第一原発(3.112011フクシマ)メルトダウン逃避行中に亡くなられたベーテルの患者さんたちの無念を想うー連講8

3.112011-2021フクシマ社説

 河北:再エネ普及で原発ゼロへ

 毎日:原発のこれから−現実直視し政策の転換を−

 朝日:いま再び脱原発の決意を

 

・河北新報.2021313日 ・毎日新聞.2021312

・朝日新聞.2021312

 

 3.11201110年目、ベーテルは312日に11回目となる「3.1120112021ベーテル てんかん市民の誓い−こづみ郁子コーラスライン」を開催した。COVID-19災禍の中で、1階休診の外来ホールにはハンス・バーガー協会、2階ホールは入院中の患者さん、3階体育館には発表者の方々にお集いいただいた。無理を言いコーラス曲を「朧月夜」にお願いした。朧月夜は大正3年の文部省唱歌なのだが、「春の小川」などと同じく途轍もなく優しいのだ。いわゆる日本の田舎の原風景画を言語化したものなので、人の姿がなく、人心の幾ばくにも触れていないのが、何よりよい。そして、突然菜の花だが、復興における菜の花プロジェクトなどが掲げる純真性と繋がる。今の時代にもはやそんなもの、この場合情景と言おう、は何処にもないのだが、こども心を生まれた土で表現している、不朽の一作だ。老人は歌いながら泣き、むせびながら繰り返し、最後は唇だけ震わすという。

 私たちは歴史から疎外され続けている。今の生き様は死ぬまで一時も逃れることができない強制生活だ。集団就職の時代が田舎の終わりを告げていた。その田舎、フクシマを思えば、「原発が明るい未来を築く」という看板は怖ろしい。あたかもナチス・アウシュビッツの「労働は自由への道」の看板を書き換えたようなものだは、乱暴な例えとはならない。

 はてさて、3.112011-2021は終わったが、原発推進派はジャーナリズムのこの宿命としての責務までも認めないと目をむき報復の機会を狙っているのだが、とてもよいことだが、各紙の社説はフクシマへの論評を避けることができない。どんな意味を後生に残すかは不明としても、歴史的な記録とみれば大切な資料となろう。何しろ、ゲンパツは末代までの責任を取ってもらわなけらばならない代物だから、現下の行政判断如き裁量の域を超える。。

 非常に大切なポイントは、社説の内容はともかく3.112011-2021時点のものなのだ。時代が少し変われば社説もかなり変わる。だから、ジャーナリズムも大変なほど気の毒だ。何しろ、この10年は被災地を訪れては人気取りのゲームにのみ長け過ぎた○○・△△は、原発ゼロを覆えしながら、フクシマを盛んに訪れ、マスコミに必ず記事にさせた。ジャーナリズムがいつまでこの○○・△△に抵抗し続けることができるかの観点で、これら社説の一言一句と起承転結を読みこなさなければならない。歴史は時にジャーナリズムは変節もすれば豹変もするものだと歴史は十二分に教えてきた。今の時代なので、紙面を得た記事の書き手が、いずれどのように消えていったかの情報のごく一部分も、私どもにも流れてくる時代となった。この10年、忖度しない官僚たちの悲劇は随分知られてきた。とはいえ、この種の情報もいずれ流れなくなってくるやもしれず、そんな束の間が現在かも知れない。ので、そんなものだろうとしなければならない。

 社説の字面は文章構成力、つまり論理性があればよい。一方、通用性に過ぎないとも言える。ならば、ジャーナリズムが支える、まだこの世にありそうな一般常識が、ゲンパツをできるだけ速やかにゼロにする、血みどろの社会変革、作業の具体的課題に普通の国民が一つ一つついて行けるか、否、そんな国民を領導してくれるかに期待がかかる。

 「福島は転機にあり人が戻らない」、フクシマのために(古庄暢.朝日新聞、総合2、人が戻らない福島 転機-避難解除区域に居住 事故前の2割弱、2021312日)。近頃、当方も次の言い方を覚えた。復興のために国民がいかほどの税金を払ったか。もちろんこれからも払わされるのだが。ゲンパツの後始末に現在まで、先ずは最低80兆円。この額にこの更地は含まれていないでしょうね。そして、いつの間にか100兆、200兆と払い続けることとなるので、私どもの末代に未来はなさそうだ。たかだかゲンパツ一つの後始末の値段、税金ですよ。ゲンパツ大国日本には54もある。               (Drソガ)